TOPに戻る



気になる国々:北朝鮮


 
  どうなる北朝鮮の脅威

私が中国側から国境を訪問したのは2006年と07年、丹東と集安へ中国友人の車で、延吉へ単独で1度、合わせて3度足を運ぶことができた。

金正日が指導者だった頃だ。

各地でのカメラ撮影には細心の注意を払ったが、丹東の北部ではビデオを小型ボートに持ち込み、中国の友人が撮影開始したが、北朝鮮兵士が丘の上から脱北者などを警戒。

手に汗し、心臓に悪いので友人に中止するよう伝える。
たばこ、燃料、お菓子などを兵士の買収用に買い込み、友人が無造作に陸地へほうり投げ、回収にやって来、微笑みながら持ち去った。

いくら観光用ボートとはいえ、撮影したのが日本人とわかると大変なことになるのは必至。

中国の友人達は日本と北朝鮮の関係や、歴史認識が全くなかった。
彼らはどうして撮影したらダメなの?と不機嫌そうだった

つかまっていたら、今ごろピョンヤンの収容所で隔離されてるか、死刑になっていたかもしれず、国際問題になっていたかも(笑)



瀋陽市の南、遼陽市から赫(かく)さんと丹東へ
運転手つきで向かう。道は未舗装でひどかった
  

 

丹東市の駅前には大きな毛沢東の銅像が
  

丹東市から北朝鮮への橋(下)
川は鴨緑江
多くの物資が往来する橋
明りのあるのが中国側(右)
北朝鮮側は真っ暗だった
これで北朝鮮の実情がわかる



川の向こう側は北朝鮮 北へ1時間くらい走ると
すごく狭い川に着く。脱北は簡単にみえたが
おそらく地雷原があるのだろう。遠くに監視塔も〜
  

現地の旅行会社でこの地域に詳しい
朝鮮人女性ガイドを頼み
赫さんが通訳。船外機での航行を試みる
帰る時スクリューが地面にからみ動かれず
戻ってこれないかと思った
  

こんな狭い川の両サイドが北朝鮮、中国なのだ
撮影が見つかったらどうなっていたか
今考えると映像は欲しかったのだが〜〜
 

丹東市内で遊覧船に乗った
対岸の北朝鮮がまじかに見えた
建物など古く経済的な差を感じる
北朝鮮と中国の通関は結構賑わっていた
 

南北朝鮮戦争に参加したアメリカの老兵に会う



1950年10月から1953年7月の休戦までに投入された
中国人民志願軍は200〜300万人にのぼる。

  


  

博物館内のジオラマは迫力満点
 

丹東からすぐに飛行機で延吉へ向かった
  

  

国境は緊張感はなしでのんびりした感じ
流れる川は豆満江
  

国境の区切りが示されていた
  

北朝鮮経営のレストランへ行った
  

撮影がOKだったのか不明、注意がなかったので
とぼけて撮影を続けてみた
中国人なのか、韓国からなのか又は近くの
朝鮮族なのか、団体さんが楽しんでいた
  

 

テレビで説明されている外貨収入を得るため
花を販売していて、つきあって?あげた。
これがミサイル開発に使われてるとしたら〜
  

  

北朝鮮国境には大勢の朝鮮族が暮らしている
まつたけ、カニなどとても活気があった
  

 

ここから翌年、赫さんと集安へ向かう場面です
田舎の風景はのんびりでとても良かった
 

 

対岸が北朝鮮でここでも観光用ボートが〜
川は鴨緑江で丹東へ流れている
中国側と北朝鮮側の差を連想し感無量
北朝鮮側がはっきり見えるが人の姿は〜?
 

 

北朝鮮側、金日成らしい額縁が見えた
 

 

瀋陽への帰り道 とても興味ある風景が一杯
木工品をみやげに加工する場所やキノコ栽培が




TOPに戻る